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native speaker

「第二言語教育における正しさ」−Native Speakerとは

言語研究の場、言語教育の場において、ネイティブスピーカー(native speaker)の言語使用は、しばしば学習者の到達目標として扱われることが多い。しかし、一方ではネイティブスピーカーの存在そのものを疑問視したり、ネイティブスピーカーを学習者のモデルに置くことを問題視したりする意見もある。ここでは、これまでネイティブスピーカーがどのように扱われ、そこにはどのような問題点があるかを概観する。

I ネイティブスピーカーの定義

パイクデー(1985/1990)は、さまざまな言語学者のネイティブスピーカーに関する見解を1、2の二つにまとめている。さらに大平(2001)は、これにチョムスキーの見解を三番目の定義として加えており、それぞれの定義を、時間説・能力説・理想説とした。

1.ある言語を母語(mother tongue)または第一習得言語(first-learned language)として身につけている人

2.ある言語の有能なスピーカー(competent speaker)であって、その言語を慣用に則って(idiomatically)使う人

3.言語能力を完全な形で発揮できる理想的な人

 マクデービットは、「一つの言語、あるいは複数の言語、あるいはまた一つの言語の一変種あるいは複数の変種(方言、階級言語、職業言語、スラング、隠語、アングラ言語など)を、特に意識的な学習によるのではなく、幼児期に早くから継続的にそれらに接触することによって習得した人(パイクデー1985/1990: 79)」としている。この定義から、1の時間説に属することがわかる。マクデービットのように、複数の言語のネイティブスピーカーになることを可能とする立場をとるか否かなどには主張に差が見られる。

? 各言語研究におけるネイティブスピーカーの位置づけ

アメリカの構造言語学の中心的役割を果たしたブルームフィールドは、行動主義的に言語を分析することを提唱し、ことばを集団の中で研究することの重要性を説いた。ブルームフィールドは著書『言語』のなかでネイティブスピーカーを、「人間が最初に話すことを学ぶ言語、これが彼の母国語(native language)である。彼はこの言語のネーティブの話し手(native speaker)である」とし、時間説に基づいており、ことば共同体(speech community)の構成員を指していると思われる。しかしブルームフィールドの主張は、直接観察できる発話資料を分析することによって構造というものが引き出せると考えた点、科学主義を主張して意味を回避した点、文法が要素(item)の配列(arrangement)で記述できるとした点において、のちにチョムスキーの批判を受けることになる。

チョムスキーは、言語理論を言語能力(通常は意識されないが、理想的な話し手・聞き手が話すことのうちに、非明示的・必然的に存在する知識)と言語運用(コード化・コード解読のプロセスに関わる部分)に区別した。チョムスキーの研究対象は、理想的な話し手・聞き手にあてられており、理想的な話し手・聞き手であるネイティブスピーカーを、絶対に間違いをおかさない文法的洞察力の持ち主と位置づけている。そしてこのネイティブスピーカーのみが文法性や容認可能性を判断することが出来るとした。しかし、理想のネイティブスピーカーは現実には存在せず、実際は生身の人間が独自の解釈で判断せざるを得ないという矛盾が生まれている。このような、チョムスキーの概念に異論を唱えたのがハイムズである。

ハイムズは、チョムスキーの理論を、ある発話が用いられる状況的・言語的文脈での適切さが持つ社会文化的重要性を考慮できていないという指摘からCommunicative Competenceという概念を提唱しており、コミュニケーションに関する4つのパラメータを、人ではなく表現に重点を置いている。ハイムズは個人の能力よりも、ある社会でどのような言語表現が適切とみなされるかに興味を抱いており、チョムスキーの視点と比べて、ネイティブスピーカーの絶対性が弱くなっているのが伺える。そして、これらの議論を踏まえて第二言語教育分野での伝達能力に焦点を当てたのが、Canale/ Swain(1980)である。

Canale/ Swainは、コミュニカティブ・アプローチ(communicative approach)に基づいてより効果的な教授法を確立するために、伝達能力の概念を明確化した。Canal/ Swain(1980)は、第二言語話者の学習と教授に主眼点を置いているため、ネイティブスピーカーを時間説に基づき解釈している。同時に、コミュニカティブ・アプローチの基礎を、学習者が伝達場面において最も遭遇しそうな第二言語の変種、ネイティブスピーカーが伝達場面において第二言語学習者に期待し、また学習者の大多数が到達しているだろうとされる最低限の文法能力や社会言語能力に重点を置くことを重要視している。ここから、ノンネイティブスピーカーの能力に対する適切・不適切という判断の基準はネイティブスピーカーにあるといえるため、能力説も適用していることがわかる。教育現場で用いられているコミュニカティブ・アプローチには、学習者に母語話者の言語使用を押し付ける危険性をはらんでいることが指摘されている。これまで見てきたように、規範・基準をネイティブスピーカーに求めた場合、学習者の言語行動を「逸脱」とみなし、学習者(ノンネイティブスピーカー)は、ネイティブスピーカーが社会的な規範を「教えてあげる存在」として位置づけられることが多い。そのような考えに異論を唱えるのが近年主張されている相互行為能力理論である。

? 近年の主張

 相互行為能力および協働的構築の理論(大平2001)では、相互行為は参加者全員により協働的に構築されるものだとしている。これまでにみられるノンネイティブスピーカーとしての属性が内包された状態で論じられたことに異議を唱え、参加者の属性は相互行為を通じて変化する多面的かつ動的な面があることを主張している。また、同じくネイティブスピーカーを基準・規範とすることへの疑問から言語研究・言語教育を扱っている領域として「国際英語」「共生日本語」などが挙げられる。(文責:藤浦五月、執筆時、博士後期課程1年)

<参考文献>

ブルームフィールド、L.(1962)『言語』(三宅鴻・日野資純訳)大修館書店

Canale, M./ Swain, M.(1980) Theoretical Bases of Communicative Approaches to Second Language Teaching and Testing, Applied Linguistics 1/1: 1-47.

Hall, J.K.(1995) (Re) creating Our Worlds with Words: A Sociohistorical Perspective of Face to face Interaction, Applied Linguistics 16: 206-232

Hymes, D. (1972) On Communicative Competence, in Pride, J. B. and J. Holmes. (eds.) Socio-Linguistics. Harmondsworth, England: Penguin Books.

ハイムズ、 D. (1979) 『ことばの民俗誌―社会言語学の基礎―』(唐須教光訳)紀伊国屋書店

中川亜紀子(2005)「コミュニカティブ・アプローチの理論的源泉と母語話者信仰」『外国語教育の新たな方向性』大阪大学言語文化研究科編

大平未央子(2001) 「ネイティブスピーカー再考」『「正しさ」への問い−批判的社会言語学の試みー』野呂香代子+山下仁編著 三元社

岡崎敏雄(1994)「コミュニケーションにおける言語的共生化の一環としての日本語の国際化―日本人と外国人の日本語―」『日本語学』13, 60-73.

パイクデー(1990) 『ネーティブスピーカーとは誰のこと?』(松本安弘・松本アイリン訳)丸善(Paikeday, T. M. 1985 The Native Speaker is Dead!, Toronto, Ont.: Paikeday.)

Young, R. (1999) Sociolinguistic Approaches to SLA, Annual Review of Applied Linguistics 19: 105-132.