トップ 差分 一覧 ソース 検索 ヘルプ PDF RSS ログイン

Zweitspracherwerb und Englisch

第二言語教育における「正しさ」と「国際英語」の視点

ここでは、第二言語教育における「正しさ」という問題意識から英語教育を考察する。まず従来の第二言語習得理論、次に相互行為能力(interactional competence)と協働的構築(co-construction)理論について述べ、英語教育におけるCommunicative Approachの問題点を明らかにする。さらに、「国際英語」の視点を説明し、最後に日本の「国際英語」教育のあり方を考える。

? 従来の第二言語習得理論

従来の第二言語習得理論は、ノンネイティブスピーカーである学習者の英語をネイティブスピーカー並みの英語能力に到達するための中間言語とみなす。このような考え方は、「ネイティブスピーカー=標準・完全・規範」「ノンネイティブスピーカー=非標準・不完全・逸脱」という固定観念を強化するだけであった(大平2001)。

? 相互行為能力(interactional competence)および協働的構築(co-construction)の理論

これに対し、第二言語教育一般の分野では、ネイティブ・ノンネイティブの二分法などにみられる既存の概念の再検討が試みられている。たとえば、相互行為能力および協働的構築の理論(大平2001)では、人間の相互行為を個々人の能力としてではなく、さまざまな規範を持つ参与者全員により協働的に構築されるものとして捉える。つまり、それぞれの参与者がネイティブ・ノンネイティブスピーカーという属性をもった状態で相互行為へ参加するという考え方を否定し、相互行為への参加を通じてそれぞれのアイデンティティを構築すると考える。この観点では、ネイティブスピーカーとノンネイティブスピーカー間の相互行為の不成立を、ノンネイティブスピーカーの目標言語能力不足だけに帰するのではなく、当該相互行為参与者全員が共同の責任を負うという立場をとる。

? 国際コミュニケーションの媒体としての英語教育とCommunicative Approach (CA)

上記のような考え方を、現在の英語教育に当てはめてみる。特に国際コミュニケーションとしての英語使用(国際英語)が求められる場面では、英語のネイティブ・ノンネイティブスピーカーという従来の非対称的で二項対立的な属性を所与の前提とする立場は否定され、様々な属性や役割を担った個々人が英語使用による相互行為能力を高める努力が求められることになる。また、1970年代以降、国際英語教育の提唱と、コミュニケーション能力重視の立場の台頭はほぼ同時期に起こり、そのどちらもがコミュニケーションの媒体としての言語教育という潮流に属していた(日野 2005)。ところがその後、第二言語教授法として現実の言語場面での適切な発話を重視するCommunicative Approach (CA)の立場では、学習者が置かれる様々なコンテクストが結局ネイティブスピーカーの言語使用やネイティブスピーカー同士の相互行為をモデルとしており、母語話者信仰の問題点を背景にして議論されている(中川 2005)。今後は、単なる個々人の属性としてのコミュニケーション能力とは本質的に異なる相互行為能力と協働的構築の理論(Young 1999)に添った国際英語教育の理念と、ネイティブスピーカー以外の言語使用を分析の対象にしたCAの関係を相矛盾することなく捉えることが重要となるであろう。その上で、国際コミュニケーションの在り方とその手段としての英語教育への認識を改めて見直し、理念や理論面の考察にとどまらない具体的な言語教育方法論の提案が望まれる。

? 国際英語(English as an international language)とは?

では、「母語話者信仰」に拮抗する概念としての「国際英語(English as an international language)」とは何か?ここでは以下のように定義する。

英米ネイティブスピーカーの社会・文化・言語的規範や枠組を超えた多様な価値観の表現手段

(日野2005, 2007)として、主に「第二言語および外国語としての英語」概念認識を基本とした多国間・多文化間コミュニケーションのために使用される共通語(Lingua Franca)としての英語 (Jenkins 2000, 2002)

「国際英語」は、英語を使用するコミュニケーション、特にノンネイティブスピーカー同士による相互行為の媒介言語として、今後一層重要性を増すだろう。特に、ノンネイティブスピーカー間の英語使用を伴う相互行為実践の中では、自ずと当該相互行為参与者は、従来のノンネイティブスピーカーに付与されていた静的な属性を維持することなく、動的で積極的な相互行為能力と協働的構築の主体者であるべきことが求められると言える。「国際英語」の形態・性格の検討は様々に成されているが、以下、主に四つの立場・解釈がある。

? 英米の標準英語から英米的色彩(慣用句や比喩表現など)を排除したもの、

? 国際言語として実際に使用される世界各地の多様な英語変種の集合体、

? 人為的な操作を加えた国際補助語としての英語、

? 各地で使用される英語(複数)の最大公約数(橋内1989, 日野 2005)。

この内、第二の立場が英語の国際化と多様化の論理に合致するものとして「国際英語」の最も現実的な姿であるとされ、事実、すでに土着性を伴う国際通用性のある英語としてノンネイティブスピーカーの英語にも国際性を認めながら顕在化している。この解釈による「国際英語」とは、「発音・文法・語法・語彙・表現・談話規則・社会言語的規則・非言語行動などの諸側面においてそれぞれ独自の特徴を有する多様な英語変種から成る」(日野2007)。

? 日本の「国際英語」教育

日本の英語教育では、英語使用の機会や状況の絶対的不足を伴うEFL(外国語としての英語)環境下の日本人学習者は、ESL(第二言語としての英語)の学習環境とはやや異なり、標準英語ネイティブスピーカーの規範・基準を拠り所にする傾向が強く、長く英米英語がその絶対的な地位を占めていることが指摘されている。従って、国際英語の理念と視点を取り入れた英語教育の重要性と、英米の文化的背景に裏打ちされた民族言語としての英語を教育モデルとする固定的認識の見直しが必要であり、具体的には以下の三点が教育現場での実践に求められている(橋内1989)。

? 英語学習を英米文化の同化に繋げることなく、英語モデルを相対化させる

? 世界各地の多様な英語変種に触れる機会を通して、異文化理解の促進と多彩な英語発音への寛容性とその高い受容(受信)能力を育む

? 意思疎通と自己表現の媒体として国際通用性の高い英語の産出技能習得を目標として、発信型コミュニケーション能力を養う

今後は、「国際英語」の理念と原理に基づく英語教育の具体的な実践方法、すなわちカリキュラム、教材、教授法、評価、指導者などの実証的研究とその詳細な報告が待たれる。

(文責:執筆時M1家村雅子)

参考文献

大平(義永)未央子 (2001)「ネイティブスピーカー再考」野呂香代子 山下仁編著『「正しさ」への問い−批判的社会言語学の試み』三元社、85-110 

Canale, M. / Swain, M. (1980) Theoretical Bases of Communicative Approaches to Second Language Teaching and Testing, Applied Linguistics 1/1: 1-47.

鈴木孝夫(1985)『武器としてのことば』新潮社 

中川亜紀子(2005)「コミュニカティブ・アプローチの理論的源泉と母語話者信仰」言語文化共同研  究プロジェクト2005『外国語教育の新たなる方向性』大阪大学大学院言語文化研究科 2006 23-32

Hymes, D. (1972) On Communicative Competence, in Pride, J. B. and J. Holmes. (eds.) Socio-Linguistics. Harmondsworth, England: Penguin Books.

橋内 武「英米語・新英語・国際英語」『現代英語教育』研究社1989年12月号

Jenkins, J. (2000)The phonology of English as an international language. Oxford, England: OUP

Jenkins, J. (2002)A sociolinguistically based, empirically researched pronunciations syllabus for English as an international language. Applied Linguistics Vol.23, No.1: 83-103.

Paikeday, T. M.(1990)『ネーティブスピーカーとは誰のこと? 』(松本安弘・松本アイリン訳)東京: 丸善 

日野信行「日本式英語の可能性」『現代英語教育』研究社1989年12月号

日野信行(2005)「国際英語と日本の英語教育」小寺茂明 吉田晴世編著『英語教育の基礎知識−教科教育法の理論と実践』大修館書店、11-34 

日野信行「「国際英語」教育の理念と原理」『英語教育』大修館書店 2007年2月号

Young, R. (1999) Sociolinguistic approaches to SLA, in Annual Review of Applied Linguistics 19, 105-132.