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Menschenrecht der Sprache

言語権

言語権とは何か。それは文字通り言語の権利である。臼井・木村(1999)は「言語権は、人間の平等という概念を言語的側面に適応し、−中略−言語差別を差別として可視化し、是正しようとする試みである」(p.10)と説明している。しかし、言語権という権利とは具体的にどの権利を指すものなのかは専門家の間でも意見が分かれている。ここでは言語権を考える上での前提や、その議論の焦点を概観する。

<言語差別とは>

まず、臼井・木村もその説明の中で使っている「言語差別」とは何か。日本で言語と差別というと差別用語などの言語使用の内容が問題にされやすい。しかし、ここで言う差別とは、どの言語(母語)を使用するかによってその話者の間に言語の差による社会的な不平等が生じることを指す。

そこで、言語によって生じる差別を、Skutnabb-Kangasは、言語差別という概念を用いて、「言語(母語)によって区別される集団の間に存在する(物質的および非物質的)権力や資源の不平等な分配を正当化し、生起させ、また再生産するためにもちいられるイデオロギー的構造」(Skutnabb-Kangas 1988 p.13 [臼井・木村訳 1999 p.8])と表現した。性差別、人種差別のように、ある言語が別の言語に比べ大きな権力を持つ状況を指す。つまり、言語の地位がその話者の権力や力関係によって階層化され、どの言語(母語)を話すかによって差別が生まれる社会構造と、その構造を正当化する人々の持つイデオロギーを問題にしているのである。

<基本的人権・言語エコロジー>

言語権が保障されるべきだと言うとき、その理由として主に二つの考え方がある。一つは言語も基本的人権の範疇に入るという考え方だ。ほとんどの言語権はこの考え方から引き出されている。言語は意思疎通・文化的表現の手段として重要であり、コミュニケーションまたはアイデンティティに関わる権利ととらえられる。ことばに関する権利が基本的人権のなかに含まれる必要があるという考え方である。

一方は、生物の多様性を守るのと同じように、言語の多様性を守らなくてはならないという考え方であり、人権運動家よりも言語学者から発せられる考え方である。

<言語権の範囲>

それでは、言語権は具体的にどのような権利を保障するのだろうか。言語権の認識が広まったとはいえ、いまだに言語権には様々な制限があり、議論の対象となる点である。そこでいくつかの軸にそって考える

?個人的権利と集団的権利

個人的権利としての言語権とは、個人は私的空間でどのような言語でも話せる権利である。それは、例えば、どの言語で名前を付けられること、私的または公の場でどの言語でも使用できること、私立学校内でどの言語で教育できることなどが含まれる。

一方、集団的権利としての言語権になると、それを保障するかどうか議論がわかれる。まず、比較的保障されやすい権利は、その地域における「公用語」や多数派の言語を学ぶ機会の保障である。しかし、同時に集団的権利を保障する場合、その政府はその守るべき少数派の言語を行政で使用し、またその言語使用を援助しなければならないと言われる。これは、例えば、行政の窓口での対応において少数者言語が使用できることや、公立学校において少数言語による教育が保障されることが含まれる。

また、集団的権利としての言語権は時に個人的権利と衝突する。つまり、ある少数集団に対してその少数者言語使用を援助するために教育をすることは、同時に少数集団にぞくする個人にその少数者言語を使用することを強要することになるからである。

?少数者(minority)の範囲

言語権は主に、少数者の言語の権利を守るために使われるが、ここでいう「少数者」とは一体誰なのか。

現実には、言語はその地域にあるまとまった数の少数言語話者がいて、初めて言語権に値し、守るべきだと認識される。つまり、国の認識に依存している。また、その地域の原住民(その土地に歴史的に住んでいる人々)の権利の方が、移民の権利より守られやすい傾向にある。

?言語権を守るのは誰の責任が

多くの言語権にかかわる憲章、宣言にはこの点が明確にされていない。

言語の消滅は政府の言語管理の結果であり、消滅しゆく言語を守るのも政府の責任だとする議論がある一方で、経済的な考慮の結果動機づけられた個々人の選択の結果であり、言語を守るのも個人(言語コミュニティー)の責任であるという議論もある。

すべての言語が対等で、平和的に共存できる社会が理想的である。しかし、ここまでで見たように現実には多くの課題があり、言語権についてはさらなる議論が必要であると考えられる。(文責:杉浦悠珠 執筆時修士1年)

―参考文献―

奥村由香子(2003)「コラム・ことばの権利―言語権―」飯野公一他編『新世代の言語学』くろしお出版 p.157-160

Skutnabb-Kangass, Tove (1988) Multilingualism and the education of minority children. Skutnabb-Kangas, Tove, Jim Commins (eds.) Minority education: from shamed to struggle. Clevedon: Multilingual Matters, p.9-44

Skutonabb-Kangass, Tove (1998) Human Rights and Language Wrong—A Future for Diversity?. Language Sciences, Vol.20, No.1, Great Britain: Elsevier Science Ltd. p.5-27

Spolsky, Bernard (2004) Language Policy. Cambridge, UK: Cambridge University Press

臼井裕之・木村護郎(1999)「はじめに」言語権研究会編『ことばへの権利』三元社 p.7-20