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Hoeflichkeitstheorien

ポライトネスに関する諸研究

 人間の言語行為の分析に、「ポライトネス」という視点が導入されたことにより、日々の言語運用が単なる必要最低限の事務的な情報交換のツールなのではなく、運用される社会や場面、状況と密接にかかわる複雑な行為であることがより明らかになった。本稿では、Eelen(2001)による“ACritique of Politeness Theories.”の第一章に基づき、ポライトネスに関する研究として代表的な9つを概観する。 (Eelenの批判に関しては、Eelenのポライトネス理論批判を参照されたい)はじめにポライトネスを言語学に最初に導入したRobin Lakoffを挙げ、次にポライトネス研究の中心に位置するBrown and Levinson、さらにはグライスの理論を応用したLeech、ポライトネスを中国と日本、さらにはイスラエルの様式から検討し直したYueguo GuとSachiko Ide、Shoshana Blum-Kulka、また会話における契約という概念を挙げたFraser and Nolen、そして話者本人である人々に焦点を当てたArndt and Janneyの研究を概観し、最後に、ポライトネスに関して新たな枠組みを取り入れたWattsの研究を挙げる。

1. Robin T. Lakoff 

 人間の言語行為の研究に「ポライトネス」の枠組みを導入した第一人者として、「ポライトネスの母」とも呼ばれているRobin T Lakoffは、ポライトネスのことを、“人間同士のやりとりに本質的に内在する対立の可能性を最小限化することによって、相互行為を促進するよう意図された個人間関係のシステム”(Lakoff 1990:34)と定義する。そして、それまで研究されてきたグライスの「協調の原理」に関し、一般的に世間に見られる言語行動を視野に入れていないとしてその理論の弱点も指摘している。グライスは、QuantityとQuality、Relation、またMannerが常に最大であることが言語活動をする上で不可欠であり、人間は本来協力的で、コミュニケーションの際は最も効果的な情報を最大限に提供しようとするものであると述べたが、Lakoffは、この点が一般的な言語行動においては準拠しておらず、むしろ通常の会話の際は、言語化したこと以上のことを話し手が意図していたり聞き手が理解する場合も多く、グライスの原理の一般化は難しいと主張している。

 この主張を踏まえた上でLakoffは、相互の言語行為の際の基本的ルールを以下の3つに集約した。

  ?Don’t impose(強要しない)

  ?Give options(選択肢を与える)

  ?Make A feel good, be friendly(相手の気分を良くし、親しみをもって接する)

 そして、それぞれのルールを守る上で必要なストラテジーとして、?に対しては“Distance”(相手との間に距離を設ける)、?に対しては“Deference”(相手の意見を尊重する)、?に対しては“Camaraderie”(仲間意識を持つ)が必要であることも付け加えている。

2. Penelope Brown and Stephen C. Levinson

 「ポライトネス」に関して、その理論を体系化し、言語間分析も取り入れたことにより、ポライトネスの代表的な研究であるとして多くの研究者に引用され、同時に多くの批評も集めているのがBrown and Levinsonの研究である。彼らは、一般社会に見られる普遍的な人間特性を表すために、“Model Person”という表現を用いている。そして、Model Personが抱く欲求を“face”とし、それに以下のような2つの側面があると説明した。

  ?ネガティヴ・フェイス:他人によって自分の行為が邪魔されたくないという欲求

  ?ポジティヴ・フェイス:少なくとも幾らかは他人に対して好意を持って近づきたいという欲求

 これら2つの基本的欲求の概念を土台として、Brown and Levinsonはポライトネスを、言語行為において話し手と聞き手の持つフェイスの二つの欲求が脅かされた場合、そのフェイス侵害を補償するためのものであるとした。そしてその補償行為の際に必要なストラテジーを、大きく分けて3つ挙げている。

  鄯ポジティヴ・ポライトネス:関係性を強調した表現/聞き手のポジティヴ・フェイスの欲求に適うパフォーマンス

  鄱ネガティヴ・ポライトネス:控えめな表現/聞き手のネガティヴ・フェイスの欲求に適うパフォーマンス

  鄴オフレコード・ポライトネス:明確な要求行為の回避

                (e.g.直接的な依頼の代わりに暗示表現やほのめかし表現を用いる)

 また彼らは、特定の言語行為の量と性質が、3つの社会変数によって算出された“weightness(負荷度)”によって決定されるとし、項を立ててその公式を紹介している。

   P(power):話し手と聞き手の力関係

   D(distance):話し手と聞き手間の距離

   R(ranking):言語行為における文化差…特定の文化圏において何がどれほどの侵害に当たるか

  <Weightnessの算出式>

     Wx=D(S,H)+P(H,S)+Rx

 この式より算出された負荷度に合わせて、話し手はその負荷を負担すべくそれに見合ったストラテジーを用いる。また、もし何らかのフェイス侵害行為(face-threatening act, FTAと表される)の発生がやむを得ないなら、ストラテジーから適切なものが選ばれ、用いられる。Brown and Levinsonは、人間相互のコミュニケーションは必然的にFTAが発生させるものであると特徴づけ、ポライトネスが“社会における対人関係の表現の構成要素(1987:2)”であり、社会生活と社会コミュニティの構築に必須のものであることを主張している。

3. Geoffrey Leech

 グライスの理論を応用したポライトネス研究者としては、Leechを挙げることができる。Leechはポライトネス理論を“個人間におけるレトリック”の枠組みに位置付けており、以下のような6つの原則を提唱している。

? Tact:察し…聞き手の負荷を最小化し、利益を最大化する

? Generosity:寛大さ…聞き手以外の人々の利益を最小化することを述べることによって聞き手の利益を最大化する

? Approbation:賞賛…聞き手の非難を最小化して賞賛を最大化する

? Modesty:謙遜さ…自賛を最小化して自己非難を最大化する

? Agreement:同意…不一致を最小化して自己と他者との間の同意を最大化する

? Sympathy:調和…対立を最小化して自己と他者との間の調和を最大化する

 さらに、求められるポライトネスの種類や量は、

 鄯拮抗度“competitive”(要求や依頼など、発話内容に含まれる目標が社会の持つ目標と相対する場合)

 鄱友好度“convivial”(申し出や感謝など、発話内容に含まれる目標が社会の持つ目標と一致する場合)

 鄴協調度“collaborative”(検査や告知など、発話内容に含まれる目標が社会の目標に対して中立のものである場合)

 鄽対立度“conflictive”(脅迫や非難など、発話内容に含まれる目標が社会の目標と対立する場合)

  の程度の如何によって決定されるとしている。

4. Yueguo Gu

 西欧のface概念の不備を中国のface概念の観点から指摘したのがYueguo Guである。Guはモラルに関する社会規範に焦点を当てており、Leechの理論に土台を置きながらも、それがモラルや倫理面に関する社会の特徴に触れていないことを指摘している。またBrown and Levinsonのポライトネス理論に対しては、フェイスの概念は心理的な側面ではなく、社会規範の側面から捉えるべきであると指摘する。

 これらを踏まえてGuが示した原則は以下の4つである。

  ?Self-denigration(謙り):話し手が自己を卑下し、相手を高める

  ?Address(適切な話し方):聞き手の社会的立場を参照し、適切なタームで話す

 ?Tact(察し):聞き手の負荷を最小化し、利益を最大化する

  ?Generosity(寛大さ):聞き手以外の人々の利益を最小化することを述べることによって聞き手の利益を最大化する

 尚、?と?には、会話における要求や依頼など特別な場面も想定されており、要求内容の負荷の程度によっては、会話の流れに違いが生じることも付け加えられている。このようにして、Guのポライトネス理論はバランスの原則として説明がされている。

5. Sachiko Ide

 Guと同様、西欧のface概念の不備を指摘し、それを日本の「わきまえ」の観点から検討し直し、日本におけるポライトネスの研究を行ったのがSachiko Ideである。Ideは、滑らかで摩擦のないコミュニケーションの維持を念頭に置いた理論展開をしており、Brown and Levinson, Leech, Lakoffの理論に対して批判的な見解も述べている。

 Ideは、“Volition(意志力)”と“Discernment(わきまえ)”の概念を導入し、Discernmentが日本語における敬語表現の運用の基盤となっていることを主張した。Ideは、conventional rulesとして以下の4つのようにまとめている。

  ?社会的に高い地位の人にpoliteである

  ?powerのある人にpoliteである

  ?年配の人にpoliteである

  ?フォーマルな場面(参加者が誰であるか)でpoliteである

6. Shoshana Blum-Kulka

 Shoshana Blum-Kulkaは、イスラエルの観点からポライトネスがいかに文化に依存するかを指摘しており、イスラエル人とユダヤ人のコンテクスト内でのポライトネスの研究を行っている。研究には両文化を相対化させる手法が用いられており、ポライトネスに関する他の様々な理論が再解釈されている。また「文化的規範」と「文化的スクリプト(その文化内での決め事)」の二つのタームでアプローチすることにより、フェイスの欲求が文化的に規範付けられ、それらが特定の形態であり、決して普遍的なものでない点を主張し、Brown and Levinsonの理論に対して批判的な見解を述べている。

 文化全体の期待により決定されている規範に基づく適切な振る舞いとして位置付けられているポライトネスは、以下の4つのパラメーターにより影響を与えられるとされている。

  ?social motivations(社会的動機):ポライトネスの機能性(人々がポライトである理由)

  ?expressive modes(表現方法):ポライトネスのために用いられる異なる言語形態

  ?social differentials(社会的差異):ポライトネスにおいて状況アセスメントを行う

  ?social meanings(社会的意味):特定の状況コンテクストにおける特定の言語表現

 そして、これら4つのパラメーターが相互に関係し合い、文化的なフィルターにかかることにより、文化ごとにポライトネスが体系化されると指摘されている。

7. Bruce Fraser and William Nolen

 Bruce Fraser and William Nolenは、ポライトネスを“conversational-contract view (会話における契約) ”という観点から研究している。彼らによれば、会話の参加者は、与えられた会話に参加する上で、互いが期待するものを決定するための「権利」と「義務」をセットで持ち合わせている必要がある。そして、双方の間でなされる個人間の契約は、静的なものではなく、再交渉やコンテクストの変化によって随時見直しが行われるものでもある。

 会話的契約における権利と義務は、会話的/制度的/状況/歴史的側面から構築される。

  会話的ターム:相互行為のほとんどの場面に適用される(ターンテイキングや話し方の細かいルールにまで)

  制度的ターム:社会で制度化されている権利や義務に当てはまる(法廷での話し方/教会で静かにすること)

  状況的ターム:社会的地位や力関係などにおける相対的な役割間でなされる相互のアセスメント(子供と親)

  歴史的ターム:社会的契約は先行する特定の二者の相互行為に強く依存する

  (i.e.先行する相互行為において交渉された契約タームにより次から始まる新しい相互行為における二者の 置づけが決まる)

   ※権利と義務は交渉されないことが普通である一方、上記の4つのタームは交渉の内容により変化し得る。

 Fraser and Nolenによれば、そのときのタームと条件に基づいて会話上の契約は行われ、会話における契約が“通常の”相互行為においてなされる場合、ポライトネスは認知されないが、インポライトであった場合はそれが顕在化すると指摘される。よってポライトネスは方略的な相互行為でも、聞き手の気分を良くするためのものでもないことになり、また、本来備わっているものでもないとの見解に達している。

 彼らはまた、ポライトネスの形態を左右するのは聞き手の側であるとし、話し手の側がいくらポライト/インポライトな振る舞いをしても、聞き手の側がそれを受け止めない限りそれは成立しないことを条件として付け加えている。

8.  Horst Arndt and Richard Janney

 「適切さ」に基づくポライトネスへのアプローチや、ふさわしさの慣習的なルールにより決定されるコンテクストにおいて適切な言葉を用いるのがポライトネスであるとする理論に対し、Arndt and Janneyは、「適切性」という判断基準の持つ規範性を問題にし、話者本人である人々に注意を向けてポライトネスを個人間の枠組みで捉えている。

 その枠組みの中に“emotive communication”の概念を挙げており、それを、他者の行動に影響を与えるため、情緒的なシグナルを意識的にまた方略的に修正していくことであるとしている。彼らはこの説明の際、任意であり感情に基づくコントロールされない表現を含むemotional communicationとは区別し、発話内容だけでなくパラ言語的/非言語的シグナルを含むemotive communicationを特異なものとしている。

 emotive communicationは、以下の3つの側面を持つとされる。

?confidence(確信)

?positive-negative affect(ポジティヴ・ネガティヴな情動)

?intensity(度合い)

 話し手は言葉や音声、身振りを選択して用いて、自分自身の話していることの信頼性を示し、情緒的に働きかけ、また表現 方法や声のトーンなどを変える。

これらの側面の説明を踏まえて、Arndt and Janneyは、ポライトネスをemotive communicationにおいて個人間で協力的に振舞うことであるとした。そしてその目的は、社会の期待に沿うことを目指すことではなく個人間的に協力的な方法でメッセージを伝えることにより、個人間の対立を避けようとすることである点も指摘している。

9. Richard Watts

 ポライトネスの概念をPolitic behaviorと結びつけ、研究したのがRichard Wattsである。Wattsによれば、Politic behaviorとは、“equilibriumの状態で社会グループにおける個人間の関係を構築又は維持することを目的とする、社会文化的に決定された振る舞いである”とされている(Watts 1989:135)。

 ※この場合の“equilibrium”は社会的同等性を表すのではなく、社会の現状が保たれていることを示している。

 Wattsの理論を説明するためには、Bernsteinの2つの「コード」概念の説明を含める必要がる。

  ?限定コード(restricted code):インフォーマルな場面で用いられる言語用法。用いられる言語表現がほぼ予測でき、内容   が外部コンテクストと話者が共有する知識と経験に依存した、会話状況での言語使用形態

  ?精密コード(elaborated code):フォーマルな場面で用いられる言語用法。言語外コンテクストへの依存がなく、文法構    造が複雑で、その場その場で考え出される個性的なもの

 Wattsは社会におけるグループを二つに分けており、一方を、個人ではなくグループ全体に目を向けやすい性質を持つ、closed communicationによる社会的グループ(closed group)、もう一方をグループ全体ではなく個人に目を向けやすい性質を持つ、open communicationによる社会的グループ(open group)とした。そして、IdeによるDiscernmentとVolitionの区別をもとに、Discernmentが主要な働きをする文化をclosed communication system、Volitionが主要な働きをする文化をopen communication systemに分類した。Brown and Levinsonの理論を参照すれば、Politenessは個人を対象とするものであるため、それをopen groupの特徴であるVolitionと関係付けることもできることになる。このようにWattsは、IdeがポライトネスにVolitionとDiscernmentの両方を関係付けたのに対し、ポライトネスにはVolitionのみを関連付け、DiscernmentはPolitic behaviorに結び付けている。そしてPolitic behaviorはopen/closedどちらのグループにも現れるものであり、Politenessは個人に目を向けやすいopen groupにのみ現れると指摘し、PolitenessはPolitic behaviorの中の一つの現象であるとしている。

 このように、Wattsによるポライトネスの捉え方は、明らかにマークされる、慣習的に解釈可能な言語的Politic behaviorの下位集団に当たるものであり、それは社会的コミュニケーションの相互行為の機能と、発話の精密コードにより特徴付けられた社会におけるopen groupの中でうまく構築された必然的な談話の円滑な生成機能を持つものとされる。

 つまりポライトネスとPolitic behaviorの一番の違いは、前者はマークされ、後者はされないということであり(後者はPolitenessの単なる慣習であるため)、ポライトネスはPolitic behaviorの中の一つの形式であるというのが、Wattsの主な主張となっている。文責:戎谷 梓(執筆時 博士前期課程1年)

<参考文献>

Eelen, G. 2001. ACritique of Politeness Theories. Manchester: St. Jerome