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Diglossie

ダイグロシア

ギリシア語の前綴 di「二つ」とglossa「言語」からなる合成語。ファーガソン(C.Ferguson)によって導入された概念で,もともとはある言語共同体(→Sprachgemeinschaft)における同一言語の社会的に低位の変種(low=Lと略す)と高位の変種(high=Hと略す)の並用を意味していた。その変種は,各種の方言,ピジン、クレオールのような段階的な移行によって区別されるものではなく,その構造と機能が明確に異なる変種である。ただし,ダイグロシアの状況と,方言−標準変種の状況とは,一種の親近性を認めることができる。ダイグロシアにおけるLとHに対して,方言がD(=Dialekt),標準変種がS(=Standard)と表示されることもある。ダイグロシアにおけるHとLの差異において問題となるのは,それらを使用する社会階層による差ではなく,むしろ,それらの変種に対する価値観の違いである。しかしながら,実際のところは,異なる階層による差異が価値観の差異をもたらしているともいえる。

典型的なダイグロシアの使用状況の例は,スイスのドイツ語圏である。ここでは,スイスのドイツ語がL,標準ドイツ語がHとしてみなされる。Hは通常文学的な伝統を持っており(すなわち,当該の言語共同体で文学作品として使用される言語であり),公的,もしくは形式的な場面で使用され,その文法構造が公的な機関によって維持されるという特徴をもつ。これに対して,Lにはこれらの特徴はなく、主に、家族や友人との間で用いられる。

近年の研究では,ダイグロシアという概念はさまざまな方向に拡大解釈されている。たとえば,ある個別言語内部の変種(内部ダイグロシア)から,異なる個別言語の変種(外部ダイグロシア)への移行,そして2つの言語体系から,3つ以上の言語体系(Polyglossie)への拡大が挙げられる。また,あらゆる方言と標準変種の使用状況がダイグロシアと理解されることもある。これらによって生じる概念上の混乱を避けるためには,ダイグロシアのさまざまな亜種に対して,それぞれ異なる名称を与える必要があるだろう。

これまで、ダイグロシアという概念に対して,社会的な問題性が無視されているという批判がなされてきた。すなわち,Hがしばしばより高い社会階層の人々によって用いられているのは,学校教育,その他の社会的要因の結果であるという見解である。今後のダイグロシア研究は、概念規定を明確にし、話し手の態度や発話場面の特徴、あるいは社会的な問題性、政治要素などを考慮して展開されることが望ましい。