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子罕言利與命與仁

 

 論語の子罕第九の第一章「子罕言利與命與仁」の読みに二説あることは古くから知られている。[注1]
一 子、罕に利と命と仁とを言う。
二 子、罕に利を言う。命と與ともにし仁と與にす
 貝塚茂樹訳注『論語』はこの間の事情を以下のように紹介する(中公文庫、下線引用者)。

先生はめったに利益について語られなかった。もし語られたなら、運命に関連し、仁徳に関連してであった。このことばについては、ここでは徂徠の読み方によったのであるが、一般には、「子は罕に利と命と仁とを言う」、つまり「先生はめったに利益と運命と仁徳とについて語られなかった」と読まれてきた。論語のなかで孔子が「利」について、「命」について語った例は、ともに六例しかない。[注2] だから利と命とをまれに語ったとはいっていいかもしれない。ところが論語のなかで孔子は仁について六十回以上も語っている。論語の注釈家はこの矛盾になやんだ。あるいは弟子たちは最高の理想である仁について、孔子にもっともっと語ってもらいたいと希望し、まれにしか語ってもらえないと感じ、まれに仁について語ったことばをたいせつに記憶していたので論語に残ったのだという解釈も行なわれている。ひとつの考え方としてその可能性もみとめられるが、その解釈の成立する蓋然性はきわめてとぼしく、妥当な解釈とはいえない。これにたいしてここにとった徂徠の独創的な解釈は、はるかに説得的である。論語のなかで孔子が利を語った六例のうち、問題の子罕篇をのぞいた五例中、仁に関連して利をといた「知者は仁を利とす」(里仁篇第二章)のほか、[注3] 仁義の義に関連してといた「君子は義に喩り、小人は利に喩る」(里仁篇第十六章)、「利を見ては義を思う」(憲問篇第十三章〕がある。[注4] これにたいして、利だけ語った例は、「利に放りて行なえば怨み多し」(里仁篇第十二章)、「小利を見ることなかれ。……小利を見れば則ち大事成らず」(子路篇第十七章)がある。前者は仁義を忘れて利にのみよった行動が怨みをまねくのであるから、ことばの上にはあらわれていないが、理論上は、仁義に関連して「利」に言及したのである。もっぱら「利」について説いたものは後の一例で、他の四例は仁義に関連させながら「利」をといたといえるであろう。そこで私は旧来の通説にたいしてあえて徂徠の説によることにした。[注5]

 さて、どうすればこの問題に決着をつけられるだろう。一読して気付くのは、先行研究に文法的な視点が欠けていることである。例えば、楊伯峻の『論語譯著』は一の読みを採って、[注6]
[ 子罕言 ( 利與命與仁 ) ]。
と分析し、許世瑛の『論語二十篇句法研究』は二の読みを採って、[注7]
( 子罕言利 ),( 與命、與仁 )。
と分析するのであるが、両者ともにそう読まなければならない文法的根拠を示していない。よって、ここを補うのがとりあえずは一つの方法であろう。
 分析一で問題となるのは「並列構造を生成する文法」である。「利、命、仁」という三つの成分を並列するために「與」を二つ使っている。もし一の分析で正しければ、論語ではこれ一例のみである。三者以上の並列は以下のように「與」を用いずに並置するのが基本である。
子不語怪、力、亂、神。(述而第七)
樊遲曰,敢問崇德、修慝、辨惑。(顔淵第 十二)
 次の例は最後の二つを「與」でつないでいるが、珍しい用例である。
子見齊衰者、冕衣裳者與瞽者,見之,雖少,必作。過之,必趨。(子罕第九)
 いずれにせよ、分析一に対しては、なにゆえに「子罕言利、命、仁」ではなく「子罕言利與命與仁」なのか、ということが文法的視点から提起されてよい。
 二者の並列に「與」を使った例は少なからずあり、その多くはなんらかの意味で対置と言えるものである。
富與貴,是人之所欲也。(里仁第四)
師與商也,孰賢?(先進第十一)
子曰,弑父與君,亦不從也。(先進第十一)
冕者與瞽者,雖褻,必以貌。(鄉黨第十)
女子與小人爲難養也。(陽貨第十七)
上知與下愚不移。(陽貨第十七)
其不改父之臣與父之政,是難能也。(子張第十九)
 対置ではない、単純な列挙に「與」は使わないようである。[注8]
子曰、從我於陳、蔡者皆不及門也。(先進第十一)
子曰、魯、衞之政,兄弟也。(子路第十三)
 分析二に対する文法的障害はさらに大きい。まず、論語には「與朋友交」(友と交わる)のように「與」とその目的語を動詞の前に置いた例はあるが、後に置いた例は見られない。それに加え、論語の「與+X+動詞」 という構文「Xと共にどうこうする」においてXに代入可能な成分は「人」に限られる。[注9]
朝,與下大夫言,侃侃如也。與上大夫言,誾誾如也。(鄉黨第十)
 以下の例は「鳥獸」を「人」相当であると考えてよいであろう。
鳥獸不可同羣。(微子第十八)
孟子から類似の例を挙げておこう。
舜之居深山之中,與木石居與鹿豕遊,其所以異於深山之野人者幾希。(盡心下)
もし「與」の用法に関する以上の観察が正しいとすれば、分析二を採るのは難しくなる。
  孔子與顏囘講《春秋》。錄自電視連續劇《孔子》,山東電視臺、濟南電視臺聯合錄製,齊魯音像出版社出版發行。
図 孔子與顏囘講《春秋》。截自電視連續劇《孔子》。

 分析二の意味についても考えてみよう。孔子が利を語ることは稀で、語るときは命とともに語り、仁とともに語ったと言う解釈である。しかし、利と命あるいは利と仁をともに語った章は論語にはない。論語において利に対置されるのは義である。
君子喩於,小人喩於。(里仁第四)
 さらに、「子が利について語ることはまれであった」は分析一とも共通するのであるが、果たしてそうでありえただろうか。利そしてその結果である富は人類社会の本能的追求目標であると言ってよく、利と富を追求しない社会は存在しない。当然、孔子はさまざまな意味で利や富と向き合わなければならなかったはずである。よって、孔子が富について語った章は、同時に利について語った章であると考えても道理は通る。例えば、
與貴,是人之所欲也,不以其道得之,不處也。(里仁第四)
不義而且貴,於我如浮雲。(述而第七)
 このように考えれば、「子が利について語ることはまれであった」という従来の理解は十分疑うに値する。次の章も字面上は利を含まない。しかし、内容はまさしく「言利」である。
季康子患盜,問於孔子。孔子對曰,苟子之不,雖賞之不竊。(顔淵第十二)
 季康子は魯の国の実権を握る家老、つまりは大泥棒なのであるが、それが小泥棒の横行に手を焼いて孔子に対策を求めた。孔子曰く、「もしあなたさまが蓄財に励まれたりしなければ、民は褒美を出すと言っても盗みをはたらいたりはしないでしょう。」こういう皮肉も孔子は得意だったようだ。
 下村湖人『論語物語』の「犂牛の子」は、利を「利己」と抽象化した上で「子罕言利與命與仁」を以下のように敷衍しているが、論理の矛盾は明らかであろう。

 (小人がつけ上がるのも、怨むのも、また嫉妬心を起こすのも、結局は自分だけがよく思われ、自分だけが愛されたいからだ。悪の根元はなんといっても自分を愛し過ぎることにある。この根本悪に目を覚まさせない限り、彼らはどうにもなるものではない)
 むろん彼は、仲弓の問題にかかわりなく、これまでにもその点に力を入れて門人たちを教育してきたのである。彼が努めて「利」について語ることを避けたまたまそれを語ることがあっても、つねに天命とか、仁とかいうようなことと結びつけて話すように注意してきたのも、そのためである。

 以上要するに、分析一は事項(n≧3)の並列という視点から見た場合、文法的に問題なしとせず、内容も論語の実際に合わない。一方、分析二は、文法的にも内容的にも論語の実際に合わない。
 どうやら、問題に決着をつけるどころか、意に反して余計にややこしくしてしまったようである。

[注1] 実際には「與命與仁」を [ 與 ( 命與仁 ) ] とも分析できる。ひとつ目の「與」は動詞で、連詞の「與」で結ばれた「命與仁」をその目的語とする。
[注2] 次の例を含めれば七例となる。
因民之所利而利之,斯不亦惠而不費乎?(堯曰第二十)
[注3]「知者利仁」は「仁者安仁、知者利仁」として出ており、「利仁」とは「仁たることを利用する」、即ちある目標を実現する手段として仁を用いる、と解釈されている。これを「仁に関連して利をといた」と理解するのは無理であろう。
[注4] 論語に「仁義」という言葉はない。
[注5] 中国における一般的解釈も一であるようだ。北京の外文出版社から出ている論語の英語訳(林戊蓀訳、2010年)からこの章の英語訳を引いておく。
Seldom did the Master touch on the subjects of personal gain, fate and humaneness.
[注6] 簡体字版、中華書局、2006年。
[注7] 臺灣開明書店、1973年。
[注8] 単音節の人名や代名詞が二つ並ぶ場合は、対置性が見い出せなくても「與」を用いるのが基本である。「與」を用いず並列すれば、聴覚および視覚における理解に障害をもたらす可能性が高い。
由與求也,可謂具臣矣。(先進第十一)
弗如也。吾與汝弗如也。(公冶長第五)
[注9] これは「與」の文法に関わる問題ではなく、論語という資料にたまたま発見されなかっただけである可能性もあるが、とりあえず前者であるとしておく。史記の時代になると「與」は導入対象を「人」から「物」まで大きく拡大している。
大王必慾急臣,臣頭與璧俱碎於柱矣。(史記「廉頗藺相如列傳」)