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「同文同種」と“保家卫国”

 

 「同文同種」という四字句がある。今ではほとんど死語であるが、一時期、日本と中国の人種的、文化的親近度を示す言葉としてよく使われた。
 この「同文同種」を、陳舜臣・陳謙臣著の『日本語と中国語』(祥伝社、1972)は、日本人が考え出した四字句である可能性が高いと述べている。おそらく「上意下達」の類の和製四字熟語なのであろう。
 確かに「同文同種」には和臭がある。どこが臭うかと言うと、「文種」である。「同文同種」を形式的に一般化すると「同XY」となるが、このような場合、XYはすでに確立した二音節語であるのが普通である。

模样有(模样)有模有样
缘故无(缘故)无缘无故
知觉不(知觉)不知不觉

 たとえ辞書的に確立していなくても、XYには概念的に同一範疇、同一レベルにあることが求められる。「同文同種」の「文」は文字、「種」は種族を指す。日本と中国が同じ文字=漢字を使用し、同じくモンゴロイドに属することを言っているのであるが、文字と種族では範疇が大きく異なり、レベルは比較のしようがない。語彙化することは勿論、文法的に並列させることさえ容易ではない。因みに『现代汉语词典』が収録する「同XY」は「同工同酬」のみで、これは新中国でできた四字句である。「工」は「工作」、「酬」は「報酬」を指す。

【同工同酬】不分种族、民族、性别、年龄, 做同样的工作, 工作的质量、数量相同的, 给与同样的报酬。

種族、民族、性别、年齢にかかわらず、同じ仕事をし、仕事の質と量が等しければ、同じ報酬を与える。

 長い解釈だが、要は新中国の男女平等を謳った「男女同工同酬」である。小説で見た例を挙げておく。

合作化以后, 男女实行同工同酬, 双双虽然做活少, 可也有人家一份。
她是个男女平等、同工同酬的急先锋。进公安局第一天就对领导说: “你们不要把我当成一个女的, 而要把我当成一个男的, 一个强劳使用。”
  【国家】、《现代汉语词典》第6版。

 「保卫」を「卫保」と言うことはない。「国家」を「家国」と言うこともない。
 「保卫」が「卫保」とならないのは、音声上「保」が上声(中古音)・三声(現代語)で、「卫」が去声(中古音)・四声(現代語)であるからである。意味的に先後が決まらない場合、平上去入あるいは一二三四という声調の序列が並列成分の先後を決める。
 「国家」は、声調の序列に基づけは「家国」となるはずである。しかし、意味上「国」のほうが「家」より「大きく」且つ「重い」ため「国家」となる。意味と音声では、意味の方が重いのである。
 では、「保卫」と「国家」を掛け合わせ、以下のような四字句を作るとどうなるであろうか?

东西×奔跑东奔西跑
真实×心意真心实意

 類推上は「保」となるはずである。しかし、そうはならず「保」となる。なぜだろう?
 まず、「保」と「卫」の先後は動かさず「保」という容れ物を作る。そこに概念的に親和性の高いもの同志をより近づけて配置する〈概念親和性原理〉が作用し、親和性の高い「保」と「家」、「卫」と「国」が掛け合わされた。その結果が「保家卫国」である。とりあえず、そう考えておこう。言語のナイーブさを感じさせる現象である。
 なお、「真」や「明」も一見「保家卫国」と同じ問題のようだが、二字熟語レベルにおいて「感情」だけでなく「情感」があり、同じく「斗争」だけでなく「争斗」もあるため、一概に「保家卫国」と同列には論じられない。

艺术, 不是技巧的展览, 而是真情实感的流露。
明明是一家人, 然而没有一天不在明争暗斗。其实不过是争点家产!