Liu Yazi 柳亜子
(1887−1958)


柳亜子小伝:

 江蘇省呉江の人。10歳で詩をつくり、14歳で詩作品を発表。1902年秀才の試験に合格。1903年上海愛国学社で学ぶ。1903年『復報』を創刊。この後、同盟会及び光復会に加入。1909年陳去病らと蘇州で南社を結成。その後南社の主任となる。1912年南京臨時大総統府秘書に就任。その後、上海で『天鐸報』主筆、『民声日報』『太平洋報』文藝編集をつとめる。五四運動の後、口語の創作を始める。1923年郷里で『新黎里』半月刊を出版、新文化運動を宣伝した。同年、上海で邵力子とともに「新南社」を結成、南社のメンバーで新文化運動に反対する人々と決別した。1924年国民党に加入。1925年国民党江蘇省党部執行委員会常務委員兼宣伝部長。1927年の四・一二クーデターの後、蒋介石の反共政策に反対し、日本に亡命。満州事変後、何香凝からと国難救護隊を組織。抗日戦争初期、病気のため上海の租界に留まり、南明史の執筆に従事。1940年香港にいく。1945年国民党内の愛国民主人士と三民主義同志聯合会を結成。1948年中国国民党革命委員会を発起、秘書長の任に就く。1949年建国の後、中央人民政府委員、全国人民代表大会常務委員会委員などの職を歴任。

(『中国現代作家大辞典』新世界出版社 1992年)


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作成:青野繁治