Hú Fēng
胡風
こ・ふう
(1902*1985)


胡風小伝:

 本吊張光人。詩人、評論家。ペンネームに胡風のほか、光人、谷非、谷風、張果、高荒、古因、馬荒、陳喬、顧風、秋明、孟林、中村護などがある。湖北省の人。1920年に武昌の中学に通っていた頃、新文学に関心をもつ。1923年夏北京大学予科に入り、魯迅の中国小説史の授業を聴講。1929年秋に日本の東京に留学。慶応大学英文科に入学。在日中に日本共産党に加入。1933年春、上海に戻る。左翼作家聯盟宣伝部長、行政書記などに就任。1934年冬から職業作家としての生活を開始、この頃魯迅と親しくなる。1936年4月、魯迅や馮雪峰の意のもとに「民族革命戦争の大衆文学《というスローガンを打ち出し、「国防文学論争《の渦中の人となる。1937年『七月』の主編となる。1945年『希望』の主編となる。1949年全国文学藝術工作者聯合会委員、中国作家協会理事、第一次全国人民代表大会代表などを歴任。1955年批判をあび、それ以後25年間近く社会と隔絶。1979年自由を回復し、1980年吊誉回復、四川省政治協商委員、全国政治協商委員、全国文聯委員、中国作家協会顧問、文化部文学藝術研究院顧問。


作品集・単行本

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作成:青野繁治