オンライン現代中国作家辞典

Chén Guókǎi
陳国凱
ちん・こくがい
(1938- )


陳国凱自伝:

 私は広東五華県の出身である。1938年に生れた。1958年から広州のある工場に勤務することになり、同時に業余創作も始めた。1979年中国作家協会広東分会に所属がかわり、専業創作を開始した。現在は中国作家協会理事、作家協会広東分会副主席、作家協会広東分会文学院主任、『特区文学』編集長である。

創作談――真、情、美

 文学の創作において、私は華麗な言葉を追求もしなければ、所謂技巧ということにも苦心したりしない。私は純朴自然であることを尊ぶ。私は、「文学創作のもっとも優れた技巧は、無技巧である《という観点に賛成だ。
 私は三つのことを重視する。真、情、美である。この三文字が文学作品を構成する主要な要素だと考えている。
 作品は真実でなければならない。虚偽の作品は生命力を欠いている。たとえ文章がもっと美しく飾られていても、技巧がもっと円熟していても、それは鏡に映った花、水面に映った月でしかない。
 ここでいう虚偽とは、芸術手法上の変形、誇張、上条理な描写を指すわけではない。変形や上条理な描写法によって一般の描写法より一層真実性を増す場合がある。
 所謂真実とは、自分の心をありのままに読者に提示することである。
 作品は情によって人を動かさなければならない。情の無い文学を書くべきでない。
 作者の胸の中で燃焼していた作品だけが読者の魂を燃焼させられるのだ。
 作品は情から出てこなければならない。たとえそれが熱っぽいとか冷ややかとかソフトであるとか優雅であるとか、超然としているとか、澄み切っているとか……に関係なく、作者の真情から出たものでありさえすれば、作品はそれなりの影響力をもつのである。
 私は強烈な情に傾いている。嬉しければ大笑いをし、悲しければ大泣きをする。私の作品に反映それる基調は、二種類の極端な情緒つまり大いなる悲しみと大いなる喜びを形作る。私は何編か悲劇的な作品を書いた。「我応該怎麼辧?《「代価《などは読者の涙を誘った。しかし私は喜劇にもっと傾倒して「好人阿通《「文壇志異《などの喜劇的作品を書いた。
 私はよく中国文学の表情があまりにも厳粛で笑いに欠けていると感じる。笑いは健康のバロメーターである。
 作品がもし真実であり、誠実で、しかも人の心を打つならば、それは真、情から美に入っていく。そして芸術は必ず美しくなければならない。
 美を追求する、より高い境地の美を追求することが文学者の生涯の目標である。

(『中国当代作家百人傳』求実出版社1989)

補足:「我応該怎麼辧?《は1979年全国優秀短篇小説奨を受賞。

作品集・単行本

『羊城一夜』短篇小説集 上海文藝出版社 1979
『家庭喜劇』中短篇小説集 湖南人民出版社 1979
『代価』長編小説 人民文学出版社 1980
『平常的一天』中篇小説集 四川人民出版社 1983
『陳国凱中篇小説集』 湖南人民出版社 1983
『好人阿通』長篇小説 花城出版社 1984
『荒誕的夢』中短篇小説集 花城出版社 1984
『文壇志異』中短篇小説集 江西人民出版社 1984
『陳国凱小説集』工人出版社 1985
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作成:青野繁治